東京高等裁判所 平成5年(行ケ)127号 判決
東京都国立市中2丁目9番9号
原告
大野清光
訴訟代理人弁理士
今岡良夫
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官 高島章
指定代理人
祖山忠彦
同
井上元廣
同
涌井幸一
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主文
特許庁が、昭和63年審判第20712号事件について、平成5年7月1日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
主文同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和61年4月28日、名称を「自動貸靴ロッカー」とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録出願をした(昭和61年実用新案登録願第64902号)が、昭和63年9月27日拒絶査定を受けたので、同年11月24日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を同年審判第20712号事件として審理したうえ、平成5年7月1日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年同月19日、原告に送達された。
2 昭和63年12月21日付け手続補正書による補正後の実用新案登録請求の範囲
「本体1に前面及び後面が開口する複数の区画室2・・・を配列させ、各区画室の前面に施錠機構4・・・を備えた取出用扉3・・・を閉方向に付勢させて設け、また、各区画室の後面を開放させて、各区画室2・・・内中間部に前方へのみ回動するフラッパー5・・・を装着したことを特徴とする自動貸靴ロッカー。」
3 審決の理由の要点
審決は、本願考案の要旨を、「昭和63年6月10日付け手続補正書によって補正された明細書及び図面の記載よりみて、その実用新案登録請求の範囲に記載された・・・通りのもの」と認め(審決書2頁3~13行)、本願考案は、本願出願前頒布された刊行物である実公昭52-45277号公報(以下「引用例1」という。)に記載された考案(以下「引用例考案1」という。)及び特開昭55-88194号公報(以下「引用例2」という。)に記載された自動販売機の防盗装置の従来例(以下「引用例考案2」という。)に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであると判断し、実用新案法3条2項の規定によって実用新案登録を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
1 審決の理由中、引用例1、2の記載事項の認定は認めるが、本願考案の要旨の認定及び本願考案と引用例考案1との相違点の認定及び判断は争う。
審決は、本願考案の要旨の認定及びその効果の認定を誤って、本願考案と引用例考案の相違点の認定及び判断を誤り、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
2 本願考案の要旨は、昭和63年12月21日付けの手続補正書(甲第4号証)により補正された本願明細書の実用新案登録請求の範囲の記載に基づき認定すべきであるのに、審決は、上記手続補正書による補正を看過して、本願考案の要旨を認定した。
その結果、実用新案登録請求の範囲中、「各区画室2・・・内中間部に」のうちの「中間部」なる要件が要旨の認定から漏れることになった。
上記「中間部」なる要件は極めて重要であって、この要旨認定の誤りは、審決の結論に重大な影響を与えるものである。
すなわち、本願考案は、前方へ回動するフラッパー装着位置を各区画室の中間部としたことを特徴とするものであって、このことにより、区画室後面からの貸靴挿入が容易になるとともに、貸靴挿入により区画室中間部に設けたフラッパーが前方へ押し回され、以後、収容された貸靴が存在する限りその押し回し態勢が保たれ、この状態で区画室の後面が開放され、後面から貸靴が見えるため、区画室内における貸靴の有無を作業者は一見して知ることができるものである。したがって、その貸靴の有無を知るために一つずつ区画室内を覗く面倒がなく、ロッカー背面に設ける貸靴点検及び補充のための作業者通路を従来よりも狭くして室内の利用効率を高めることができるという効果を有する。
もし、フラッパー装着位置を区画室の中間部に限定しなければ、区画室のどこに設けてもよいことになり、例えば、フラッパーを区画室後端部に設ける場合も含むことになるが、この場合は、引用例考案2のように、区画室内に貸靴が入ったとしてもフラッパーが区画室後部を塞ぐことになって、フラッパーが区画室後面からの貸靴の有無の確認を妨げ、その有無確認が容易であるとする本願考案の主たる効果は生じない。
審決は、このような重要な要件を看過し、本願考案の奏する作用効果を正しく把握しなかった結果、多段区分室後面を開放したままにしておく構成を有していない引用例考案1と、内フラッパーが商品の落下によりその開口部を通過すると同時に自動的に閉鎖されるものであり、本願考案のように、区画室内へ挿入された貸靴により押し回された態勢が保持され区画室後面からの貸靴の有無の確認が妨げられないような区画室中間部に装着されたフラッパーを有していない引用例考案2とから、本願考案をきわめて容易に考案することができたものと判断したのであって、違法であることは明らかである。
第4 被告の主張の要点
1 審決の判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。
2 審決が、フラッパーの装着位置を「各区画室2・・・内中間部に」とすべきところ、「中間部」を脱落し、「各区画室2・・・内に」として本願考案の要旨を認定していることは認める。
しかし、「中間部」なる文言のうちの「中間」の主要な意味は「・・・の間」であり(乙第1、2号証参照)、また、本願考案においてフラッパーを設ける意義からみても、フラッパーを設置する位置は区画室の端部ということは考えられないから、この「中間部」とは、「・・・の間」の部位であり、区画室の端部と端部の間すなわち区画室内という意味であることは明らかである。
また、フラッパー装着位置を区画室の「中間部」に限定したため、区画室内へ貸靴を収納すると必ずフラッパーが押し回し状態となって、区画室の後面から貸靴の有無の確認が容易になるという効果は、フラッパーの位置、取付状態、区画室の長さないし区画室と貸靴との寸法関係が規定された構成によって初めて生じる効果であり、このような規定がなされていない本願考案の構成において「中間部」を特定の位置関係にあるものと理解することはできない。区画室内中間部にフラッパーを設けたことによる本願の効果が格別のものではないことは、後記のとおりである。
したがって、審決において「中間部」なる文言を脱落して単に「区画室2・・・内に」と本願考案の要旨を認定した点に実質的な誤りはない。
一方、引用例考案1の自動貸出機の主な用途の一つとして靴の自動貸出機があることは自明のことであり、この種の靴の自動貸出機は従来からボウリング場において使用されていることは周知の事項であり、ボウリング場に設置される靴の貸出機は、その後方の空間には店員だけが出入りでき、店員が上記後方の空間から自動貸出機の各区画室に靴を入れ、外側の扉を開いて靴を取り出すという形態で通常使用されるものであるから、各区画室の後面は開かれている。そして、この後面からの靴の出し入れは店員のみが行うのであるから、後面にドアを設ける必要はそもそもなく、また、引用例考案1には、各区画室の後面にドアが設けられている旨の記載、あるいは示唆もない。したがって、引用例考案1に記載された自動貸出機の各区画室の後面にはドアはなく、後面は開放されているものと解することができる。それゆえ、審決が、各区画室の後面が開放されている点を相違点としなかったことに誤りはない。
そして、引用例2には、回動して商品の取出しを許容し、反対方向への回動を阻止されたフラッパーを設けることによって、商品取出口から手を差し込んで不正に商品を取り出すことを防止することが記載されているから、引用例考案2は、本願考案の課題と同様の課題を解決していることは明らかであり、その作用効果においても格別の差異はない。
したがって、引用例考案1に記載された自動貸出機に引用例考案2に記載された上記手段を適用し、本願考案の構成に想到することは、当業者が適宜なしうることである。
以上のとおり、審決の判断は結局において正当であるので、これを取り消すべき違法な点はない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録を引用する。書証の成立は、いずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 前示当事者間に争いのない事実によると、審決が、昭和63年12月21日付け手続補正書による補正を看過し、実用新案登録請求の範囲中、「各区画室2・・・内中間部に」のうちの「中間部」の要件を落として、本願考案の要旨を認定したことは明らかである。
本願明細書及び図面(昭和63年6月10日付け及び同年12月21日付け各手続補正書による補正後のもの。甲第2~第4号証)によると、本願考案は、その要旨に示された構成によって、「各区画室2・・・内中間部に前方へ回動するフラッパー5・・・が設けられ、各区画室2・・・の後面が開放されているので、各区画室2・・・内には、後方から直ちに貸靴を挿入でき、また、この挿入に伴いフラッパー5・・・が押し回され、以後、収容された貸靴に支えられて貸靴が存在する限りその押し回し態勢が保たれるので、各区画室2・・・の後面において、区画室内の貸靴の有無が直ちに目視確認でき、背後の作業空間が狭くとも貸靴挿入作業がきわめて容易にかつ迅速に行え、換言すれば、背後の作業空間を狭くできて、室内の利用空間を拡大できる。
而して、前面の取出用扉3・・・は、閉方向に付勢されているから、自動的に確実に閉じて、貸靴収容中には確実な施錠が行え、また、貸靴取出し後にあって、取出用扉3・・・が開くときにも、フラッパー5・・・により腕の挿入を阻止でき、したがって、不心得者による不正な貸靴の取出しを防止でき、しかも、フラッパー5・・・により視界を遮断できて好都合である。」(甲第3号証8頁4~16行、甲第4号証補正の内容Ⅱ(4))との作用効果を生ずるものと認められる。
被告は、本願考案の「区画室2・・・内中間部に」とは、区画室の端部と端部の間すなわち区画室内にという意味である等の理由を挙げ、昭和63年12月21日付け補正書による補正前の実用新案登録請求の範囲に記載された「区画室2・・・内に」と実質的に同一であると主張するが、フラッパー5の装着位置を単に「区画室2・・・内に」とした場合と、「区画室2・・・内中間部に」として「中間部」に限定した場合とでは、その技術的意義が自ら異なることは明らかであり、被告主張の理由によっては、これを軽々に実質的に同一と認めることはできない。
そうすると、本願考案の要旨認定の誤りが結論に影響を及ぼすものであることは明らかであるから、審決は違法として取消しを免れない。
2 よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)